ヨソ様


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いつもの出勤時、大江戸線にて。
幼稚園児だろうか、お母さんと一緒に電車で通学。

よく見る親子。
なんだかこれだけ書くとほのぼの感がある。

しかし、だ。
うるさいんです、この親子。

暴れる・騒ぐ、とかそういう類にはあらず。
ただただ普通に会話をしているのだけど、問題はボリューム。

この母親。
周囲に聞こえるように話している感がある。

わかりますよ、頭良さそうだもんね。
自慢の息子なんでしょ。

けどね、満員に近い車内。
ちょっと声を出せば目立つでしょうよ。

そんな中で普通に日常会話をしている。
しかも母親が率先して会話を引き出している。

家でやれぃ!

子供が喋るのは仕方ないことと思います。
そんな分別はつかないだろうし。

会話は至極当然のコミュニケーション。
しかしですね、こういった場所ではボリュームは落とすべきですよね。

ましてや不特定多数の人間が混在。
ザッツラ~イ、パブリックスペィース。

それを教える、注意するのも親の役目でしょう、と。
他にも人がいるからちょっと静かにしようね、とか。

母親であれば少しはこういった考えにならないかな、と疑問。
少なくともうちの両親はそうだった。

「よそ様に迷惑をかけるな。」

というのがもちろん前提。
子供の頃、注意されていた覚えがあります。

よそ様・余所様・他所様

いい言葉だと思います。
非常に日本っぽい、いい意味で。

よそ とは本来、自分とは離れた遠い関係を意味する言葉。
しかしその関係のない よそ にまで 様 をつける事で敬意を払う。

そして敬意を払うからにはよそにも気を使おうね。
狭い国だからこそ今は よそ でもこれから関わりが出てくるかもしれないよ。

そんな意味があると思うんですよ。
小さい島国、日本ならではの考えかと。

昔ながらの考えは排除される傾向の昨今。
今一度振り返り言葉の持つ意味を考えてみるのもありかと思います。

電車で隣に座った兄ちゃんも然り。

向かいのホーム
路地裏の窓
旅先の店
新聞の隅
明け方の街
桜木町で。

こんなとこにいるはずもないのにいるんです。

そう、よそ様はあなたの後ろにも…

なんだ、この締め方…

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